仏像が多くの場合、木材でできているのはご存知でしょうが、表面ってどうなっ
ているんでしょうか?っていう話をしたいと思います。
仕上げってきれいにやりたいじゃないですか?
とにかく、汚いよりはキレイにスマートにやりたい、しかも、長く保たせたい。
そういった時に、まず、障害になるのは木材の剥ぎ目の処理なんです。
仕上げが木地は言うまでもなく…金箔にせよ、彩色にせよ、長めに保たせようと
思ったら、ここが第一の関門になります…たぶん。
別に最初はいいんですよ。
適当にあわせといて、漆を塗って、金箔やら彩色をしとけばそれなりに見えるし
、剥ぎ目が問題になることはないです。
例えると、新品の服を買ったようなもので、多少、縫い方が甘かろうがまぁ、初
めは何度でも着れます。
しかし、これが、さらに時間を重ねると、金だろうが彩色だろうが、剥ぎ目に割
れができます。
例えるなら…「あぁ、ほつれちゃったわぁ…高かったのにぃ。。。」となるわけ
です。
自然劣化って言いますか、木材は時間がたつと、どんどん痩せて行くので、コレ
はどうしようもないわけです。
別に胴体と腕みたいな関節部とか、前と後ろで剥いであるとか…誤魔化すのも簡
単なんですけど…
「僧:まぁ、影だし、目を細めれば、気にならなくもないかのぉ…?」が、
例えば、右と左で剥いであるとか…とか言うのはちょっとめんどくさい。
「僧:おぉ!本尊サマの眉間にこんな大きい割れが!」
人によっては、机の裏の汚れまで気になるような人がいるわけですから、当然、
仏像の脇やら後ろのヒビも気になる人たちもいるわけです。
しかし…どこかの願主が仏師にクレームをねじ込んだのか、それとも職人気質
からはじめたのかは知りませんが、この自然劣化にささやかながら、対抗する技術が幾つか生まれました。
「材をはぎ合わせているところに、上から麻布を貼り付ける」わけです。
…すると、あら不思議!
木材が多少変形したり、痩せたりしても、麻布がクッションになって、さらにそ
の上の金箔や彩色までは、ヒビがでない!
とまぁ、なるわけです。
まぁ、完璧ではないですが。
しかし、そのうち、下地に剥ぎ目だけではなく、全体に麻布をはりまわす、像も
出てきます。
理由は…なんなんだろう?正直よくわかりません。
人によっては、ぶつかった時に強度が増すとか…、細かい干割れもカバーできる
…とかいうように説明をする人もいるんですが、
特に「これだ!」という理由は見つからない気がします。
まぁ、強いて言えば勢いでやったって言うか…。
ここまで丁寧に仕事しましたよっていうアピールっていう気もします。
ちなみに、この麻布ですが、時代が下るにともない、紙に変わっていきます。
布張りではなく…紙張り。
さらに、かなり、荒っぽい彫りを隠す為のカーバーという、当初とは別の目的に
も対応するようになります。
かなり、下手くそで、汚い彫りでも、紙張りをすると、彫刻に丸みがでて、まぁ
まぁ、見れるようになるわけです。
不思議なことに。
なんていいますか、どんどん基本技術はそのままに、効率と生産性と安さを追
求していく方向にいくのがなんですね。
まさに、現代の大量生産、大量消費時代の生産設計思想と見事に重なっている気がします。
江戸時代…すでに、現代の先取りをしているといえます。
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